3回目の東北ツーリングキャンプ 2001.4.28〜5.3
 4年前に沼津から脱自営業で岩手県での農業経営へ転身を図った友人を訪ね、共に田沢湖、八幡平に遊び、3年前に一人でねぶた祭りと八
甲田山周辺の温泉巡り、三陸海岸の海の幸を楽しんで以来久しぶりの東北に行って来ました。

 今回の目的は、日本海沿いに行けるところまで北上すること以外全く計画無し。
4年前、3年前の東北旅行も友人の所へ泊まった以外はキャンピングカー泊で、どこへ泊まるかは無計画だった。

4/28
10時30分富士市出発、139号線、精進湖、甲府南インター、中央高速から長野道に進み上越インターから一般道に降りた。小樽行きの
フェリーは予約で一杯と知っていても、心の中では北海道へ行きたいと思いながら、直江津港のフェリー乗り場を横目に見て海岸線沿いに進
む。大潟町へさしかかった時点でそろそろ宿泊場所を探さなければならない16時になり、まず小さなスーパーに立ち寄り食料の調達。どこ
か良い所がないかと走っていると、商工会議所が運営するキャンプ場の案内看板が目に入り迷わずハンドルを切る。 アスッレチック施設や
遊歩道が整備され、日本海に面した公園があり、その一角の松林の中に車が入れない1haほどの無区画の広場と、1反歩ほどの駐車場があった。
すでに広い方に3パーティが入り、駐車場の方へはオートキャンプスタイルで2パーティがサイトを展開していた。管理事務所へ行くとキャン
ピングカーは入れていないと説明されたが、オートキャンプスタイルでテント、車、タープなど乱雑に広げているキャンパー達を指さし、あれ
よりもシンプルで綺麗なキャンプをすると説明したら即OKの返事。
 公園から海岸に出ると、京都大学の波浪研究施設が沖に向かって100m程突き出ており、その向こうの水平線に沈んでいく夕日に見とれた
りした後夕食。
 ツーリングキャンプは早寝早起きが原則で、20時には就寝。
4/29
 8時就寝でも、夜中の小用以外は熟睡できるもので7時起床。パンとコーヒーで朝食を済ませ出発。北陸道柿崎インターから新潟空港出口ま
で高速道路走行。阿賀野川最下流の橋を渡ってからは極力海岸線沿いを走るドライブになる。新潟東港を通過してから国道113号線に入る。
穏やかな日本海、快晴の条件に大満足しながらゆっくり走り中条町に入ると"チューリップの町中条町"の看板が多くなる。やがて右前方に数色
の色鮮やかな畑が見えてきた。国道が路上駐車で混雑している所まで来るとそれはチューリップ畑だった。 3反歩ほどの畑にビッシリとチュ
ーリップが植えられ、これは写真に撮らねばと農道へ車を入れる。犬を連れて外周を歩きながら数枚の撮影。ここから更に進むと、左に巨大な
坊主頭の立像が現れた。"越後の里親鸞聖人立像"とかで、とにかくデカイ。寺らしきものがその下にあり、隣接して何故か温泉があった。昨夜
は入浴せず過ごしたため迷わずザブン。広い駐車場に車がいっぱいで何事かと思っていたが、駐車場出口反対側でチューリップ祭りなる催しを
やっていた。たぶんどこも同じの地場農産物の販売だろうと決めつけパスすることに。胎内川を渡ってほどなく113号線から345号線に入
る。岩船港へさしかかると漁協直売店の看板が目に入り途中下車。太平洋では見たこともない魚がどっさり、カニも格安でついつい財布の口が
広がる。夕食の材料もそろい、気持ちも軽くひたすら海岸線を北上し、笹川流れに。ここは陸側からは奇岩が見えるわけでもなく、遊覧船がお
勧め。犬、猫を炎天下に放置するわけにも行かずパスし道ばたの空きに駐車し昼食。
 山北町を過ぎた所で今度は国道7号線へ。鼠ケ関という所にオートキャンプ場があったが停泊するにはまだ日が高く通過。温海温泉の入り口で
温泉の誘惑にうち勝つも、次に現れた海底温泉の文字に、いったい何ぞやと興味がわき小休止。入れば何のことはない海底1500mからくみ
上げている温泉で、全く薄めていないと自慢表示があった。
 いつの間にか道は7号線になり、鶴岡市由良なる所からはさらに50号線をひた走る。鶴岡市賀茂からは112号線になり庄内空港の滑走路
下を通り抜け酒田市へ。渋滞など皆無の道路に人格が変わることもなく最上川を渡って酒田市へ。
 本間美術館、本間邸などの案内看板が目に入ったが、日没までの時間が気になり先を急ぐ。112号線に戻ったり、7号線に又入ったりの道
のりに宿泊場所の物色をしながら行くと、カーナビ画面に「西の浜キャンプ場」の文字が現れる。ここしかないと立派な国民宿舎前を通過し、
入場するとオートキャンプ場ではなく、駐車場とテントスペースが離れたタイプ。テントスペースは松林の中で駐車場からキャンプ場の端は見
えない。 ここでも、キャンピングカー泊を交渉すると今日は空いているから駐車場で店を広げても良いということになり2台分を占有して夕
食の準備。ちなみに夏はかなり混むため、駐車場泊は認めないとのこと。漁協売店で仕入れたカニをたらふく食べ大満足。100mほどの幅に
松林がありその先は日本海。小さな漁港がありそこからキャンプ場側を振り返ると、残雪を抱く鳥海山が見える。浜から竿を持って帰ってきた
家族連れに聞くとカレイが釣れるたとことを教えてくれた。このキャンプ場はバイク族が多く、次々と入場して来る。この連中がバイクを止め
るのが当方の目の前で暗くなるまでエンジン音に悩まされた。
 駐車場前の道を挟んですぐのテントサイトにいた宮城ナンバー家族の姉弟が三太を見て遊びに来た。「お父さんは?」、「寝ている」、「ど
うして?」、「釣りが好きだから、今日も夜中に起きて行くつもりじゃない」、「・・・・・・」。
 4月30日
 今日はどこまで行けるかな?
 7号線を北上。日本海は相変わらず穏やか。奇岩、奇跡が多いと思っていたが、これと言った風景には出会わない。かといって海岸線ぎりぎ
りまで住居が迫っているわけでもない。象潟町に入り「松尾芭蕉が立ち寄った蚶満寺」の看板が目に入る。しばらく何処にも寄らず走ってきた
ため、小休止もかねて立ち寄ることに。
 境内には猫がウロウロし、掃除兼入場料徴収人のオバサンに猫の多い理由を聞くと、方丈さんが猫好きだからと至極当たり前の回答。
 昔の地震で松島のような風景だったところが隆起し、松島の海の部分が水田になった景色にしばらく見とれた。この寺にも船着き場があった
のことで、船をもやった石が残されていた。ご多分に漏れず松尾芭蕉の銅像もあり、観光客の定番どおりその前で写真撮影。
 国道よりも更に海岸を走る道があっても、この日の主目的は男鹿半島のため、ひたすら七号線を車窓からの景色のみを楽しみながら北上。ま
もなく前方に一面の黄色が目に入ってきた。近づくと広大な菜の花畑、隣接する道の駅西目に車を入れ畑へ。菜の花独特の臭いがする中に刻ま
れた道をのんびり散歩。この道の駅にはスーパーマーケットもあり、本日の夕食材料を調達。正午過ぎの時間でついでに弁当も購入し、車の中
で昼食。
 秋田港でも北海道へのフェリーがあったがすでにGWの三日間を消費しているため、北海道は完全に断念。秋田港周辺の道路は四車線、秋田
だけでなく出発以来のことだが日本海沿いでの行き交う車の運転はずいぶんのんびりしている。四車線で前も隣もゆっくり走っていると精神的
には芳しくない。
 カーナビの地図は等高線が無いため、高度差がわからない。男鹿半島もカーナビではかなり平坦と思っていたが、道路は結構断崖の上を走り
これまで走ってきた道より景色に変化がある。道路沿いには樹木がほとんど無く笹原が続く。漁港が所々にあり、港を囲むように集落があるが、
そこをはずれると無人の原野が続く。男鹿水族館を通過し半島先端の入道崎駐車場で車を止め、草原に腰を下ろし景色を楽しむ。助手席で座っ
たり、丸くなって寝たりで車に乗り続けている三太も気持ちよさそうにしている。
 半島の南側、北側から集まる車に駐車場もいっぱいで早々に半島北側にまわる。穏やかだった海が、北側では白波を立てて打ち寄せている。
この辺から今夜の宿泊地をどこにするか気になりはじめ、例によりカーナビでキャンプ場探し。宮沢海水浴場キャンプ場が近くにあったが強風、
荒波に敬遠しそのまま大潟村に。三つ子の魂百までもではないが、我々の世代は、大潟村よりも八郎潟としてのほうが印象が強い。大潟村物産
品センターが埋め立て地の西側にあり、裏側の畑はここもまた菜の花畑になっていた。連休後半に開催されるソーラカーレースの看板がここそ
こにある道を行くと、八郎潟の東西を直線で走る道路に出る。11kmのまっすぐの道、防風林の向こうは地平線まで水田。ところどころクリ
ークがあり、広い所は公認の漕艇場になっている。ここに来る前ナビで見つけた埋め立て地内の"南の池公園"に行ってみたが、沼地の横のキャ
ンプ場とは名ばかりのただの広場で断念。次の目的地になったのが大潟村の北東に位置する山本町にある石倉公園キャンプ場。近くに森岳温泉
と表示されている。
 石倉山公園は森林公園で高低差100m以上あり、到着した管理事務所が公園最上部、キャンプ場は最下部でオートキャンプ不可。管理事務
所に一人ぽつんと居たおじさんに、管理事務所前の広場で泊まっても良いか聞くと、OKの即答。管理事務所と別棟の水洗トイレに街灯有り、
広場前の道を挟んだ反対側には民家が数戸。設営をしていると、おじさんが「水を使うか」と尋ねてきた。使うと言うと、水飲み蛇口と普通の
蛇口がついている給水施設の元栓をあけてくれた。ところが、配管が埋め込まれているコンクリートの割れ目からチョロチョロと水が出てくる。
聞けば冬の間に凍結で水道管が破裂しているとのこと。トイレ内の手洗い場の水を使わせてもらうからと元栓を締めてもらう。管理人さんに公
共浴場の情報を尋ねると森岳温泉に町営温泉があるとのこと。早速出かけると立派な建物が出現。塩類が含まれており口に含むと刺激のある塩
辛さ。薄めている風呂、源泉のままの風呂があり、湧出温度が高く冷まして給湯していると表示されていた。5時に管理人さんがスーパーカブ
で帰り、彼方に見える大潟村に沈む夕日に感激し、ぶっかけソウメンで夕食。西風が徐々に強くなり車が揺れる。ここでも民家から小学低学年
らしき姉弟がやってきて三太と遊ぶ。駐車場の一角の盛りを少々過ぎた山桜から花吹雪。夜、北上するのははここまでとし、南下に転じること
を決める。
5月1日
 まずは大潟村に戻り物産品センターで土産の調達。村内西側の幹線道路を南下し、八郎潟時代日本海と通じていた船越水道から名残の八郎潟
調整池を望む。陸に上げられたかなり大型の船が朽ち果て往時の名残をとどめている。
 国道7号線に戻り秋田自動車道の昭和男鹿ICから更に南下する。大曲に同級生がおり西仙北SAから電話したが留守電。なんの事前連絡も
していないから文句は言えない。
 横手インターで高速をはずれ、横手城へ。小さな城だがなかなか風情がある。GWの中の平日と言うこともあり閑散。天守閣内では終始私た
ち二人だけ。外につないだ三太が騒ぎ出し、受付嬢は連れて入っても構わないと言ってくれたが、下のしつけは出来ていないため私一人で最上
階まで。夏はまだしも、真冬に当時の城主、武士達はどんな思いで白い大地を見下ろしていたのか想像を巡らす。
 天守閣を出るとき受付に「横手焼きそばマップ」を発見。最近富士宮が焼きそばでブレイクしている中で時々横手の名が聞こえていたことを
思い出した。城の高台を下りきってすぐの石坂洋次郎文学記念館に立ち寄る。横手高校の教師であったのが縁で建てられたもの。青い山脈、石
坂先生行状記、陽の当たる坂道、光る海くらいしか読んだことが無いが、晩年は伊豆の書斎で執筆してい作家であり親近感が湧く。
 焼きそばマップで帰り道沿いにある店を選び立ち寄る。ラーメンとウドンの中間のような麺にソースをからめ煮込んだモツを載せたモツ焼き
そばを注文。富士宮を知っているかと店のおばちゃんに言うと「ああ、この前代表者の人が食べに来たよ」と言われた。味にこれと言った特徴
はなく辛目のソースの味がしただけで少々がっかり。
 この日の最終目的地は岩手県花泉町の風間農園。ひたすら高速を走り続け東北道一関ICから一般道へ。厳美渓近くにも同級生がいるが今回
もパス。風間さんとの電話で案内が無くても来られるかと言われ、カーナビに日形、寄合の地名があるから大丈夫と言ってあった手前、何が何で
も自力でたどり着かなければならないとカーナビとにらめっこで走行。 以前来たときの記憶が徐々に蘇り、農園入口まで来ると風間さんが車
の中で待っていて下さった。
 秋田から奥羽山脈を抜け岩手県にはいると天気が急に悪くなり、気温も下がった。風間さんとタラの芽を取りながら農園内を歩く間も肌寒い。
夕食時に、風間さんが冬の間通われている磐の井酒造の吟醸酒と古酒をいただく。杜氏養成の講習会を受講され将来は資格を取得されるつもり
でがんばっている話や、酒造りの苦労話を聞かせてもらう。
 脱サラならぬ脱社長で沼津から岩手に移住し4年目、米だけでなく花卉栽培に力を入れて経営も軌道にのりつつあるようだったが、新進気鋭
の新規就農者と、先祖代々土着している既村農業者との意識のズレに対するストレスが大きくなっている様子もかいま見え、ただがんばって欲
しいと思うのみ。
 犬、猫を車の中に追いたままにはしておけず女房は風間邸にお世話になり、私は車の中で就寝。
5月2日
 午前9時半頃風間さんに別れを告げ、若柳金成ICから東北道へ。GWはまだ4日残っている。このまま家に戻るのはもったいない、天野家
のルーツである相馬市へも寄りたいと思いつつ走り続けているうちに、私がまだ独身の頃、某製薬会社で動物薬部門の営業マンで同じ年に社会
人になり、なぜか気があったT氏が、南会津の田島町に別荘を建て、昨秋遊びに来ないかと誘われたが実現できなかったことを思い出した。風
間さん同様T氏にも事前の連絡はしてない。しかも、平日で訪問しても不在ではないかとも思ったが、別荘の外観だけでも見て行こうと郡山I
Cから磐越道を西進する。会津若松ICから国道118号線、121号線を南下する。湯野上温泉入り口にあったドライブインに温泉の看板を
見つけ、迷うことなく立ち寄る。この湯野上温泉から10kmほど北西には江戸時代の宿場町のような町並みが残る大内宿があるが、またの機
会に譲る。さっぱりした気持ちでさらに南下すると、小さなスーパーがあり夕食材料を調達。
 南会津と聞いて、相当辺鄙な山の中の寒村を想像していたが、田島町中心部は結構な賑わい、尾瀬方向に通じる289号線をすすみ、針生青
少年旅行村の手前で、国道をはずれ町道とおぼしき道に入る。日陰にはまだ大量の雪が残る坂道を上って行くと、何軒かのログハウスが見えて
きた。道より一段高い所に建っている一軒の庭先に数人の人が立っていた。車を止めTさんのお宅ですかと尋ねると「そうです」との返事。 
 ちょうど車に乗り込んだばかりのT氏が顔を出し、私を見た目が一瞬丸くなった。まさか在宅していると思わなかったこちらも驚き、再会の
握手。招き入れられた別荘は敷地面積300坪、建坪は約30坪の総2階建て。1階は広いリビングといろりのある部屋、サニタリーで、2階
はロフト調の3部屋。
 突然の訪問にもかかわらず夕食をごちそうになり、四方山話に話が咲く。庭にいたのはT氏のお姉さまとご主人で、他にT氏の母上と会社の
同僚の方が室内にいて、私たちを入れて総勢7人。道に車が止まったときは宅急便が泊まったと思ったそうで、私を確認したときは「まさか」
と思った由。またまた女房だけ2階で就寝することになり私は車へ。
5月3日
 翌朝、昼食前に水芭蕉の群落が近くにあると教えられ、二人と三太で別荘から10分ほどの山中へ。林の中の残雪は多く数個の水芭蕉を見つ
け、これがそうかと納得。もう少し先へ行ってみようと歩を進めると道下の影になっていたところが視野に入る。「うぉっ」と思わず声をあげ
たそこにはまさしく群生する水芭蕉があった。
 別荘地(借地)を提供することにより、通ってくる都市住民と交流を図ることが目的で、T氏は先に別荘を建てていた朝日新聞の記者が書い
た記事をたまたま読み、別荘建設を思い立った由、昭和30年代の農村のような風景が眼前に広がり月2回は訪れるというT氏の別荘ライフに
羨望の念を抱きつつ朝食もいただき、午前10時頃別荘を後にした。
 田島からは鬼怒川温泉方面へ南下し今市市の手前から矢板ICに進み東北道へ。首都高を走っているときに、またまた思い立って放蕩息子の
アパートに寄り道をし富士帰着20時頃。走行距離約1900km、5泊6日の旅は無事終了。

  
                            笹川流                                                             中条町チューリップ畑

 
親鸞聖人立像                            菜の花だぞ!!!

 
      象潟                                     鳥海山遠望

 
             男鹿半島                              入道崎          

 
                   大潟村の菜の花畑                               直線11km 
                        
 
八郎潟の名残船越水道                 石倉山キャンプ場から大潟村を望む

  
      風間邸                           横手城      

  
       石坂洋次郎記念館                田島町のとある小さなお寺で
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